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衝撃!!垣内りか(愛内里菜)を通して見る日本音楽業界の闇

ども、こんにちわ

管理人の閣下です。

『GAUZE』 DIR EN GREY

を聴きながら書いてます。

 

 
 
 
 
 
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☆愛犬がいつも家で吠え続けて困る
☆散歩をしていてもこっちはひっぱられるだけで、どちらが散歩させているのか分からない
☆自分が飼い主なのにかまれたり、吠えられたりしたことがある
☆お手もおすわりも全然してくれない
 
上記のような悩みをお持ちのあなた
それは正しいしつけ方ができていないだけなのです。

人と違い、動物の世界は徹底した弱肉強食の世界

つまり上下関係が何よりも重要になってくるのです。

 

なるほどと思ったあなた

そのままでは何も変わりません

今日から正しい犬のしつけ方を学んでみませんか?

大事な家族の一員だけども、あなたは飼い主なのです。

そこんところを愛犬に教え込むにはちょっとしたコツがあるのです。

本当の家族関係を築いていきましょう

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≪本文ここから≫
 
ガチガチのヴィジュアル系時代のDIR EN GREYを聴いてなつかしんだところで、
さっそくいってみましょう。
本日のテーマは
垣内りか(愛内里菜) 音楽業界
 
 
10年ほど前に名探偵コナンの主題歌歌ってた愛内里菜さんですか。
一度引退されたはずでは?
 
さっそく詳細を見ていきましょう。
 
 
 
 

まずは彼女のプロフィール

 

1980年昭和55年)、大阪府東大阪市生まれ[2]。甲高く透き通った声[2]、、高音で良く通る声と言われている一方で[3]、低音域の表現力もある[4]

GIZA歌手の中では、音楽番組に出演する機会が多かった。

主な出演番組は『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)、『ポップジャム』『MUSIC JAPAN』(NHK総合)、

COUNT DOWN TV』『うたばん』(TBS系)、『ミュージックフェア21』『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』(フジテレビ系)、などである。

いわゆる大阪人(現在も関西に在住)であるが、同じ大阪(関西)出身の芸能人との共演やトークする機会は少ない。

GIZA studioが開催した1999年の『SUPER STARLIGHT CONTEST』で所属が決定した。

プロデューサービーイング代表の長戸大幸である。

ジャンルはJ-POP

当初、バンド形式のボーカルとしてデビューする計画があったそうだが、結局ソロでデビューすることになった。途中からセルフプロデュースを中心に活動するようになる。

デビュー当初はトランス系やクラブ・ダンス系の曲が多かったが、次第にハードロック調の作品が中心となった。

作曲は、大野愛果徳永暁人川島だりあ輝門など、編曲は尾城九龍、徳永暁人、corin.などが中心である。

バックコーラスはほとんどの曲において、元Mi-ke宇徳敬子をはじめとするビーイング系アーティストが務めているが、

愛内が自らバックコーラスを務めることもある。また、ライブではバックバンド”LOVE♠MOTION”を携える。

多くの他のGIZA歌手と同様全てのオリジナル曲の歌詞を自身で書いているほか、衣装選択やライブの舞台設定、

サウンドの方向性などあらゆる面で愛内主体による作品づくりがなされ、その作品作りには一貫した姿勢を見ることができる。

シングルのカップリング曲の多くが花言葉に基づいて描かれていたり、アルバムは互いに呼応しあうタイトル曲とエンド曲が中心となって描かれる、

といったものであり、セルフプロデュース色を濃く反映している。

またデビュー前はギャル系ファッション雑誌Cawaii!」の読者モデルだったことがある。

ウィキペディアより

 

音楽=商売としかみれない人たち

 

あぁ、愛内里菜さんってビーイングだったんですね、

音楽業界ではエイベックスと同じく

本物志向の人からはゴキブリのように嫌われるレコード会社です。

なぜなら、

イメージ戦略が先で、アーティストの意向があっても

強制的に変えさせるというやり方で君臨してきた会社だからです。

例えば

  • メタル系バンドをソフトロックに変えさせる
  • ハードで重い歌詞をPOPで軽い歌詞に書き換えさせる
  • 芸術性を捨てさせられられ、言うことを聞かなければクビ
  • 言うことを聞いても売れなければクビ

はっきりいうと、この2社だけでなく日本の音楽業界は多くがこのやり方です。

ファーストアルバム『Be Happy』がオリコンランキング3位を記録、

2003年にNHK紅白歌合戦出場も果たしながら、甲状腺の病気を患い、

2010年に惜しまれつつ引退した歌姫・愛内里菜

そんな彼女が、垣内りか(35才)としてドッグブランドを立ち上げ、昨年9月に歌手として復帰した。

引退の理由、そして復帰について本人に話を聞いた。

 

 

――順調な歌手生活を送っていたのに、なぜ引退することに?

垣内:引退する1年半くらい前から、ずっと悩んでいました。

歌詞を書いてメッセージを発信する立場という中で、だんだん愛内里菜を嘘で塗り固めていく、

作っていくのが、自分の中で葛藤になっていたんです。

 声が出ないのに出るふりをしたり、レコーディングでは期限があるから

納得できない歌をリリースする。

でも取材では「これは最高です」とコメントする。

いろんなところで嘘をつかなくちゃいけない状態になっていました。

 

 でも、そんなやりかたで、愛内里菜を続けている意味があるのかなって。

そういう意味でリセットする時間を作りたかったんです。

先のことは、まだ何も考えていなかったんですけど。

 過呼吸も持っていたので、しょっちゅう病院に運ばれていたんです。

これじゃあ歌手の前に、人として潰れちゃうなと思ったので、

自分自身を見つめ直す時間が何よりも必要だと思いまして。

 

――休止という選択肢もあったのに、引退を選んだのはなぜですか?

垣内:活動休止にするのか、引退にするのか悩みました。

矛盾してるのかもしれないけど、ライブが一番の楽しみで、歌いがいになっていて。

だから、待ってくれる人がいると思うと、そこに引っ張られて、

自分を歌から切り離せないんじゃないかなって。

 休止にしてしまうと、本当は歌いたいし、体調が良ければライブだってしたいし、

待ち望んでくれている愛内里菜になりたいし。

後ろ髪がひかれすぎて、休む意味がないというか。

だから一度、まっさらにならなきゃいけないと判断しました。

 
 
 
 私をみとめて
 
昔から音楽業界のすることは変わりませんね。
 
しかしこんな思いをしてるのは垣内りか(愛内里菜)さんだけではないのです。
 
 
ビーイングエイベックスのアーティストの中にもいまだに好きなバンドも個人的にはいます。
WANDSとかFEEL SO BADとか東京プリン
だけども、そのやり方に好感を持つことは一切ありません。
 
私も商売人ですので、レコード会社の言い分や気持ちもわからないではないですが、
そういうやり方をずるずると音楽業界全体で引きずってきた結果が、
世界的なアーティストが生まれない国
になってしまったのは、間違いなく日本の音楽業界の権力者たちの罪ですね。
 

 

 
 
 
 
 
幸い垣内りか(愛内里菜)は第二の人生を歩むことができ、軌道に乗っているようで
本当によかったと思います。
 
なぜなら、
☆レコード会社に反発してインディーズで自分たちの音楽をやっても全然売れなくなったバンド
☆人気が衰え引退するも、第二の人生が見つからず苦悩するアーティスト
☆音楽業界に逆らわず従順にやるも、人気がなくなるとすぐ切り捨てられたアーティスト
 
こんな人たちが山ほどいるんですから。
彼女はまだ幸せなほうです。
 
 
 
中にはBUCK-TICKのように、
知る人は少なくても自分たちのやりたいことをやって、
それがビジネスモデルとしても成功しているアーティストも
数は少ないですが、確実におられます。
 
70年代のフォーライフレコードのように、
今の日本の音楽業界にNOを突き付けて
新たな音楽ビジネスモデルを作ってやる
というような肝のすわったアーティストがあらわれないものでしょうか。
 
フォーライフも同じようなことをやってたみたいだけどね。